はじめに
私は大学の研究室で細胞についての研究をしています。研究室ではもちろん実験をするのですが、正確な結果を出すためにも、実験の操作ミスは極力減らすことが大事です。
今回はそれに関連した、個人的エピソードを紹介したいと思います。
研究に携わったことがない方でも話が分かるように書いたので、「こんな世界もあるんだ」と感じながら読んでもらえれば嬉しいです。また、この話に関連して、こんな記事も書いているので興味があればどうぞ(記事の最後にも同じリンクを載せておきます)。
やり直しは避けたい実験
実験はお金がかかる
実験というのはお金がかかります。思ったよりもかかります。研究室に配属されてから、実験はお金がかかるということを深く実感しました。
何万もする試薬、何百万とする機械をいくつも使用します。
実験でミスをしたら潔くやり直すしかない
このように実験はお金がかかるので可能な限り無駄を減らしたいところですが、実験で何かミスをしたら潔くやり直すことも大切です。「ちょっと操作ミスったけど、(あるいは)ちょっと測定値が変になったけど、まあいっか」なんていう精神では研究は成り立ちません。
実験をするからには常に正確なデータが得られないと何もわかりません。何もわからなければ、研究を先に進められません。また、原因も分からずして「本来はこうなるはずだったから、、」と数値を誤魔化せば改ざんになります。これは絶対にやってはいけない。
このように、研究に誤魔化しは許されないので、ミスがあれば諦めてやり直しをします。
とは言っても、やり直しはしたくないものです。今までの時間やお金が無駄になってしまうのはやっぱり悲しい。だから、実験一つ一つをミスが無いよう、正確にこなすことが大事になります。
お金がかかるのにミスもしやすい実験をすることになった
mRNAの測定はお金がかかる
私が行った実験の一つに、細胞内にあるmRNAという物質の量を測定するというものがありました。
mRNAを測るのはなかなかお金がかかるそうです。しかも、私がやる実験の手法は、その測定をとにかくやりまくる必要がありました。
様々な論文を見ても、同様の手法をとっているものはそれほど多くありません。その理由はお金がかかるので、そんなにポンポン実験できないから(と先輩が言ってました)。
そんな実験を自分がやるだなんて・・・しょうもないミスで失敗なんてしたら教授に怒られてしまう。
mRNAの測定は手順が多くミスしやすい
そして悲しいことに、この実験では操作の手順が多く、人為的な操作ミスをする可能性が高いのです。
細胞からmRNAを抽出する過程では、サンプルを何度も新しい容器に移し替える工程があります。サンプルは同時に数十個を扱うので、容器に移し替える操作はトータルで100〜300回ほど行います。
集中して取り組まないとミスが発生しかねません。例えばもし、移し替えの時にサンプルを入れ違えた場合、最終的に得られた測定値が何のサンプル条件における値なのか分からなくなってしまいます。
最初の実験を行う際、私は気を引き締めて取り組みました。
想定外の結果
いざグラフ化してみて
「やってしまったかもしれない・・・」
一連の実験操作を終え、パソコンでグラフ化した結果を見ながら私は思いました。
期待されたのは、条件Aよりも条件BでmRNAの量が減少していることでした。
確かに、いくつかのグラフは期待通りの結果になっていました。
しかし、その他のグラフが示していたのは、減少していないどころか、むしろ増加したということでした。
原因はケアレスミス?
実験で予想に反する結果が出ることはよくあり、実験結果が正しく予想が間違っていたというケースも多くあります。
しかし、今回の実験では、先輩も同様の実験をしてmRNAが減少するというという結果が出ていました。
そのことを踏まえると、今回は先輩と同様に「mRNAが減る」という結果になる方が妥当です。
そう考えると、実験の操作でどこか間違えたことが原因である可能性が高くなります。
例えば、ケアレスミスでA条件のサンプルとB条件のサンプルを入れ違えていれば、今の結果が出ることも納得はいきます。
「サンプルを入れ替えてしまったということにして、グラフも入れ替えるか?」
いや、それは絶対にいけない。証拠が無いのに勝手に結果を変えては改ざんになります。
本来、同様の実験を3回繰り返すのですが、幸い、現段階ではまだ一度しかしていません。今ならダメージは少なく済みます。
とりあえず、現状を教授に報告することにしました。
ケアレスミスを減らす工夫をして再挑戦
教授に報告
「まあ、よくあることだね」
実験結果を見た教授の反応は意外とあっさりしていました。
教授「今回の結果はそういう人為的なケアレスミスによるかもしれない。実際、サンプルを入れ替えてしまうミスはよくあることだよ。あるいは、実際にmRNAが増加しているんだけど、条件ABの差ではない、何か想定していない条件差が生じたことが要因かもしれない。今のままでは原因がどこにあるか分からないから、そこが分かるように様に次の実験を進めてほしい」
早速、まずはケアレスミスを減らす工夫をすることにしました。
ミスを減らす5つの仕組みを導入
実験をしているとき、自分は集中して丁寧に取り組んだつもりでした。しかし、結局人はミスをする生き物です。「頑張って集中する」というような精神論では頼りないです。むしろ「集中に頼った操作をするとミスをする」と考え、集中力に頼らずともミスを減らせる仕組みを取り入れることにしました。
今回1番の懸念事項はサンプルの入れ替えですが、これを機にケアレスミス全般を減らす対策を取ることにしました。
やるからには徹底的にやりましょう。
実験の流れを振り返りながら仕組みを考えた結果、以下のことを実践することにしました(各項目はクリックすると詳細が見れます)。
ちなみに、ここで挙げた項目は、実験以外のこと(何かしらの単純作業や計算問題など)においても活かせると思い、以下の記事にしました。
興味があればご覧ください。
原因が分かった!
再度実験した結果
「これだけ対策すれば大丈夫だろ」
上記の対策をした上で、もう一度同じ実験をしました。気になる結果ですが・・・
1回目と同様に期待と異なるグラフになりました。
なんでやねん。
原因を探す
今回は実験ノートや写真を見ることで、原因が実験操作のどこにあるのか振り返ることができます。
早速写真や実験ノートを見ることで操作の振り返りをしました。サンプルの入れ替わりも無く、操作に問題は無いことがわかりました。
このことから、原因は実験の操作ミスではなく、別のところにあるようでした。
生データの確認
データの方に着目し、原因を探しました。
グラフ化した結果では機械の測定で得られた数値を加工しているので、測定結果の異常に気づくことが難しいです。そのため、生データ(グラフ化など加工する前の純粋な測定値)を見ることで確認しました。生データを見ると、極端に測定値が低い(うまく測定できていない)サンプルがありました。
機械による再測定であれば、もう一度機械にサンプルをセットするだけで簡単にできるので、計り直すことにしました。
再測定の結果
再測定での測定値は全て妥当な値になり、グラフも期待通りの「条件AよりもBにてmRNAが減少する」という結果になりました。
想定外の結果が出たのは、機械による測定に問題があったということでした。
1回目の実験も再測定により期待通りの結果となり、これまでの実験を1からやり直すことは免れたのでした。
あーよかった。めでたしめでたし。
ミスを減らし、ミスに気付ける実験スタイルを確立しよう
今回の体験を通じて「急がば回れ」ということを深く実感しました。
丁寧に実験に取り組むことは、時に面倒だと感じることもあります。テーブルをこまめに片付けたり、毎度プロトコルを手元に用意したり、こんなことは省略して早く実験を進めたいという気分になることもあります。
しかし、そういった地道な工夫をすることで、実験をやり直すという無駄がなくなり、結果的に実験が早く進むことになります。
いかにミスを減らし、ミスに気付けるような実験をするか、その大切さを学びました。自分で実験スタイルを早い段階で確立することで、今後の研究生活がだいぶ楽になるのだと思います。
今回私は集中力の観点で実験ミスの対策を行いましたが、精神科医の樺沢紫苑さんは、ミスの原因と対策を集中力だけでなく、ワーキングメモリー、脳疲労、老化と多面的な観点で述べられています。
樺沢さんの本はどれも文章が読みやすく、また具体的な対策についても書かれています。読んですぐ実践できるところがお気に入りでおすすめです。
研究に関しては以下の記事もありますので、お時間があれば是非。
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